にしかたの昔語り
若宮八幡太々神楽
−風雨を鎮め豊作を呼ぶ神楽−
鬼、あやうし!
若宮八幡神社太々神楽(東根市文化財指定)
東根にある若宮八幡神社太々神楽の発祥には諸説がありますが、現在のような神楽に整ったのは江戸末期、奥州仙台の祠官からおそわってから以来といわれています。太々神楽は旧8月31日、当社の風祭に神社わきに仮設された神楽殿で演じられます。もとは舞・囃子とも社人が演じたといわれていますが、今は氏子が親子代々で伝えています。この太々神楽には12個の面と太胴1・太拍子1・笛3があります。5人の舞い手それぞれが、奉幣舞(1人)・鉾舞(1人)・剣舞(1人)・千歳舞(5人)・種まき舞(1人)・釣り舞(2人)・鬼やらい(3人)・諏訪舞(3人)の八座を演じます。楽人は鳥帽子・直垂姿。舞い手は演目に応じた装束をまとって演じます。外に神招き・小弓舞・竜宮・岩戸開きの四座があったといわれていますが、いまは演じられていません。(東根市史別巻上考古・民俗編(平成元年東根市)676〜677ページより。表現をですます調に変えています。)
この神楽は長瀞猪子踊同様「ひがしかた」の伝統芸能ですが、とても見応えのある神楽ですので紹介させていただきます。毎年8月の最終日曜日に東根市の若宮八幡で奉納される神楽です。ところで能と舞楽と神楽と獅(鹿)子踊りとの違いはどこにあるのでしょうか?個人的独断と偏見ですが、基本的には以下のようなものだと思っております。能は人間が人間に対して人間を感動させるために見せるもの。舞楽は大陸から伝わった舞をあらたまった機会に神様に感謝する気持ちで見せるもの。神楽は庶民が神に対してさまざまな気持ちや祈りをささげて見せるもの。獅(鹿)子踊りは神楽と同じ目的だが踊り手が人間ではなくて獣である、という点だと思っております。
通常は神社拝殿横の舞台で奉納されますが、雨天時は神社幣殿で奉納されるときもあります。横山芳明写真集「続・やまがたの祭り」解説によりますと、演目は「奉幣舞」「鉾舞」「剣舞」「千歳舞」「種まき舞」「釣り舞」「鬼やらい」の7つです。今年見ることができたのは「奉幣舞」「鉾舞」「剣舞」「鬼やらい」の4つでした。舞楽の奉納は荘厳で芸術的ですが観客は踊りを間近でみる機会が少なく、舞も高度で難解なところがありますが、この若宮八幡太々神楽のような神楽は踊り手も現物人も地元民が多いせいか、楽人さんと見物人が気楽に声を交わしたりしてより身近な感じがしました。撮影技術未熟なことと曇りの屋内の撮影でありましたので、見づらいかと思いますが、写真を紹介しますのでごらんください。東根には泉郷地区に鹿子踊、長瀞地区に雅楽が伝わっていると聞いております。そのうち行ってみたいと思っております。
平成22年千歳舞YouTube
千歳舞あらすじ
舞台に赤鬼が出てきて、音曲なしに遊びまわる。榊と扇を持った女人が登場して舞うと、鬼がからんで榊をうばってしまう。女人が、神前の珠を手にして舞えば、鬼がまたからんで珠もうばう。女人去る。
青鬼でてきて、赤鬼とはしゃぎの場面。青鬼いなくなり、農夫、鎌を持って登場して、鬼とのからみ。鬼は農夫の鎌を欲しがり、農夫は鬼の持ってる珠を欲しがるしぐさ。踊りで勝負をきめようという意味か、農夫と鬼が鎌と珠を置いて踊りはじめると、農夫のすきをみて、鬼は鎌と珠の両方を取ってしまう。農夫がだまされたと知って口惜しがっているところへ武人が剣を持って登場する。農夫が鬼の所行を武人に訴えると、武人は鬼を追いつめて珠を取りあげ、農夫に渡す。農夫は、鬼の持ってる鎌は自分の持物だと主張する風。武人は再び鬼を追い、鎌も取り上げ農夫に渡す。つぎに武人は、農夫に2つの品を差出させ、それを神前に上げて農夫と鬼の力くらべさせる。はじめに腕相撲、次に綱引き、それから立ち相撲と、三度とも農夫が負かされる。勝ちほこる鬼。そこで、武人は農夫にお祓いをして力を授け、それから鬼に立ち向かわせると、こんどは鬼が負ける。武人は、勝者の農夫に鎌と珠をあたえる。農夫、二つを手にして喜びいさんで退場する。
武人が隅にうずくまっている鬼を招き呼んで、身体の世話をさせるが、鬼は茶目っ気だして武人を小突き、ついに怒らしてしまう。武人は、逃げまどう鬼を四隅に追いつめ、追いつめ、鬼はたまらず退場する。
(東根市史別巻上考古・民俗編(平成元年東根市)676〜677ページより。)