にしかたの昔語り
奉納 華の林
このページは父が大倉地区公民館から依頼を受けて熊野居合両神社所蔵の「奉納 華の林」という俳句集を読みくだした時の資料をもとにしています。読みくだした文は解説を加えた上で冊子としてまとめられています。冊子をそのまま紹介することは版権上難しいと思いますので、父の残した文章(データ)を元に解説部分を再構成して紹介させていただきます。
江戸時代の当地域は文化とは無縁の農村地帯であるかのような印象がありますが、「華の林」は江戸時代の当地域にも中央と同レベルの高い文化があり、それを支える教養を備えた人たちがいたということを証明する資料であると思います。もちろんそういった人たちは一握りの人たちであったわけですが、その人たちは必ずしも権力やお金を持った人たちばかりではなく、普通の生活をしながら一生懸命努力して教養を身につけていた人たちもいたと思います。それは現代にもいえることだと思います。例によって現代誤訳になっている部分は管理人の不勉強によるものです。申し訳ありません。
「奉納 華の林」
「奉納 華の林」は、美濃派俳人であった林崎の風虎と壷中が俳諧の上達を祈願して近村遠国から俳句を募って村山市林崎の熊野居合両神社に奉納した和綴本一冊です。享保(1716〜)〜明和・安永(1781)頃の地方俳壇の分布をうかがえる資料です。序文や壷中の開板序を見ると、林崎の五十嵐風虎が、延享2年(1745)の元旦に林崎大明神の夢想によって「花咲きし日や鳥も初林崎」の初花の一章を得たが、これはまさしく神慮によるものだと喜び、近村遠国の俳人たちに花の一章の奉加を募ったところ、延享5年までに230余首の句を得たので、これらの句を吟板3面に書写して同年3月17日大明神に奉納したものです。残念ながらこの吟板3枚は現在不明です。
遠国の俳人へ深謝の意味で、これらの句を京都の橘治兵に依頼して美濃木版刷りで印刷し、和綴じ本で開板(出版)したのがこの「奉納華の林」です。その桐箱には寛延2歳(1749)己巳4月17日・当村坂部壷中とあります。
地元の古老の伝えでは林崎は梅の名所であったといわれています。三沢茂著「林崎居合神社記」には「俳句になった花は梅にて境内に2本ノ古い梅樹がありしと云ふも、1本は安永2年6月、1本は文政8年8月何れも暴風にて倒れたと伝へらる。(原文カナ書き、数字は漢字)
幣にも松と華とやはやし崎 二日坊
天も花に呑め汎へ舞へ林崎 三千坊 」
とあります。
現在の村山市内に美濃派の俳壇があったことはあまり知られていませんが、村山・最上・庄内の俳壇の分布はおおよそ次の3つの分布に分けられます。1つは、西村山郡左沢・谷地・大石田から鶴岡・酒田までの最上川川港の村や町、2つには、山形・天童・東根・尾花沢・新庄方面の羽州街道の宿駅の村や町、3つには、尾花沢から延沢銀山街道の村々です。村山市内では天神連・水口連・貝塩連・名取連・林崎連・楯岡連などの美濃派俳壇がありました。
「奉納 華の林」には最上之部に73名の俳人名がみられますが、その多くは村役・豪商で、林崎明神の霊夢で花の一章を得た五十嵐風虎は、五十嵐與五右衛門といって林崎村の名主。居合道の剣士で風草に師事した俳人で宝暦年間に没しています。
坂部得失亭壷中は、字を九内といって林崎俳壇の宗匠でした。はじめ大石田海谷村修験地蔵院の一中に師事しましたが、一中死後は美濃派の柳下斎風草に師事したといわれ、小松沢観音に「涼しさのただざわざわと小松沢」の句を遺しました。また芭蕉の「閑さや岩にしみ入る蝉の声」を短冊に書いて地に埋めて、蝉塚を建てています。行川分岐点の北東の角屋敷に住して、年貢米700俵の地主であったと伝えられています。
鶴岡の柳下斎風草は、名を林宗弥(太郎兵衛)といって、鶴岡三日町で米問屋を営んでいました。彼は俳人深沢嵐七の勧めで享保13年(1728)8月、芭蕉十哲の1人各務支考の美濃派の俳人である盧元坊の獅子門派の蓮二の門下生となりました。後に盧元坊の高弟となって25ケ条の相伝を受け、二見形文台を受け継いだ人です。
廬元坊は、西里両所の豪商和田杜苓と俳句での親交があったとある。
大石田の高野一栄は松尾芭蕉が彼の家に宿泊し「さみだれの巻」を残したことで知られ、最上三十三観音の番外として34番[沢渡」35番「湯野沢(現湯沢)観音」36番楯岡竹の観音・白山権現・浮島を紹介しました。
以下は読み下し文です。
其 序
五十嵐氏風虎の主、年来人和の俳諧に遊びて、其志浅からさるにより、往乙丑年元旦の暁、霊夢あらたに花の一章を得たり。さるは爰の林崎にして、当に此御神の告給へるならんと、頻に奉納の事を思ひたちて、はしめは神詠に三ツ物をそなへ、将タ諸方の風士に法楽の句を乞得て、花に神慮をすゝしめ奉れハ、和光同塵の影うやうやし永く広前に掛奉りて、風雅の冥慮を祈る事とはなりぬ。
柳下斎
延享戊辰3月17日 風草敬白
角印 丸印
夢 想
花咲し日や鳥も初林崎
春の光りをけふる御鏡 風 虎
節餐の気延を伯母に誘れて、 風 草
羽州最上なる林崎邑の何某風虎子より、そこの郷社へ奉納の句を乞れて
廬元坊
林崎やしらむは花の神姿
美 濃
大カキ
花よりも白し三拝の神こゝろ 隆 五
花咲や神の御膳もさくら鯛 半 慈
セキ
山人の薪や花に雪気色 知 六
花に行素足や雪の八文字 舎 六
天人も花に舞楽や絵天井 知 角
栄耀とも蝶のうつつや花の宿 六 紫
洛 陽
徘裡を隠して一重さくら哉 杜 吾
三よし野や一丈散て花に雪車 百 川
照はへて花のかかみや 桂川 僊 行
年年の顔あたらしき桜哉 一 椎
摂 津
大阪
里神楽諷ふや花もはやし崎 節 花
播 磨
ヒタチ
神垣そ花も位をます光り哉 嵐 山
年年や氏子も植て神の花 竹 里
尊さそかさしの花や神のぬさ 草 戸
鰹木も花もけたかし森ノ花 漸 然
咲花の陰も尊し神の庭 演 志
社守華に昼寝はなかりけり 山 光
散しくを踏もおそれや神の花 洞 之
長 門
ハキ
華に今世の堺あり里はなれ 露 斗
結ぶ井の曇や花の一日一日 慕 朝
花の散る日を西行の死はくれ 二 考
箒目に華ありさては神の塵 兎 薗
法印に酒あひせはや華の瀧 四 奥
豊 後
木付
御手洗や酌免とも月の華の陰 李 冠
三日月もあかるし華の小一時 雨 橋
伊 勢
津
幣にも松と華とやはやし崎 二日坊
駿 河
府中
あなたふとはやせや華の林崎 黒 露
宮守の眠気流さん花の瀧 市 井
朝顔の鎖さへなくて花の庵 驢 雪
さら増し華に鳥の色くるひ 蛙 井
八幡
柏掌の木たまや花の吹返し 一 路
咲交る花や錦の神の前 曲 浦
戴くや華も其まま 白 幣 梅 隼
ミシマ
拝まれて花も笑ふや木の間から 沢 雉
武 蔵
江府
世に鳴らす音なき音のさくら哉 晋 流
神と人とたた華鳥のはやし崎 柴 立
鵲の一声鈍染むはなの雲 竹 阿
手に請て漱かはや華の雪 羅 道
咲花や歌よミ顔の矢大臣 平 舎
手のこぶの飯に散こむさくら哉 慎 車
柏掌の木魂はゆるせ山さくら 鼠 仙
雪に痩せ華に肥たり 宮隹 古 柳
散花や湯立の笹の戦より 南 舎
垢離とりに散りかかれ花の最上川 曇 秋
もろもろの口に願ふや華鎮 亀 毛
御湯立や雨に潤ふはなの里 青 波
さくらかな芸に交る神慮口 銅 淵
取あへすぬさも華の誉れ哉 志 海
時なれや天の御はしら国の華 晋 畝
晋流妻
尾上より花を集てしらゆふか 連 女
華の雨晴間や神の百性衣 晋 花
はなもぬさそよ吹春のはやし崎 社 夏
花に猶神の社をはやし崎 寛 風
行雲の足こそはゆ(や)やし花の山 素 丸
香泉に白湯もくもりて花の山 至 芳
咲華の深むらなれや宮 鳥 馬 光
宮守の替名や花を守日より 柳 居
下 総
セキヤト
すすしめの声も響や花の鈴 希 涼
大名に問ハるる華の木ふり哉 文 楼
賑に木玉散けりはなの山 社 壬
天の戸も開くや華の神楽唄 喜 雀
風凪てなを散華や何こころ 阿 護
花の山見に行人のさかりかな 宋 雨
花さそふ神酒にや杉の林崎 楚 由
越 前
ツルカ
言の葉そ歌と開らけて花や鳥 東 吾
夜神楽や森しろしろと闇の花 二 笠
樽も寝て夢の最中や花に蝶 一 窓
華の雪踏先達やなら草履 山 高
腰本の気は散やすし花の幕 琴 洛
なかれ行春そ幾瀬やはな筏 右 柳
馴染やすき花の新地の幕隣 桂 葉
鳥の巣も寒い苔はなし花の雪 白 翅
ミクニ
狩くらす梺の華や手灯 燈 巴 浪
消残る雪や梺の山さくら 器 月
越 中
高岡
鰐口もたまるや華の咲日より 文 佐
能 登
ふらるるも乙女の袖や花の雪 如 悠
さくら咲山に戸そなし八重霞 敷 葉
水音をしらぬ顔なり山さくら 畔 休
信 濃
フクシマ
山家にも住ハ都や華の時 柳 子
佐 渡
相川
はなの時聞けり山の笑ひ声 楚 璞
西行もこころとめてや花のもと 百 和
雪の目も白し今更華の雲 呉 竹
花守や同しうき世の勤にも 徳 只
千金の夢にうかれん花の中 文 竿
唐の華も交るや吉野川 支 川
入相に散ぬ花さへ名残かな 自 正
曇れはや日くろミそ花にいとはねと 若 何
越 後
新潟
明烏またてしらむや峯の華 文 先
拭ふたる雲に智恵付て花曇 竹 風
虎渓にそ花も仲間や笑ひ友 葉 圃
湖やしら帆も咲て滋賀の花 此 柱
分限者の門に依怙なし花の顔 田 竜
居つつけの揚屋に幕や昼の華 山 市
山うらの日も小戻りや花の昼 梨 洞
琴そ松にあつけて花の寝顔哉 是 一
神鈴や木の間にひひくはな曇 斜 谷
笠に袖にたとへ荒れても花の雪 韋 流
目休に青い葉もあり花の中 桃 主
出雲崎
欲の手を膝にわするるさくら哉 北 溟
牛引て戻る門田のさくら哉 浮 涯
柴田
拵へて花に飛日や笠も 蝶 虹
村上
御手洗やはなもきよめの水鏡 知 来
陸 奥
仙府
神の威のかほるやはなのはやし崎 白 英
そそろ神居らぬ尻や花 盛 阿 川
火をとほす花に夜なし林崎 左 冽
金銀そつたなし廬の花分限 耳 流
枝道や日々に廣かるはなの山 百 瓜
咲枝も咲かぬも華の木立哉 芦 百
吹ぬ日も鐘楼に花のくるひ哉 晋 羅
けふは又花瓶咲せてさくら哉 橘 山
花に今朝神風さそふや大和歌 旧 山
敬へは一筋しろし花の雲 半 梅
月代(夜)に薫るや花の下り神酒 朱 玉
しら雲の無心にたつや山桜 鼡 北
天も花に呑め諷へ舞へ林崎 三千等
石ノマキ
桜木や朱の鳥井に立ならひ 完 路
唯一重神のこころのさくら哉 花 流
トヨマ僧
花に酔ひ又神酒に酔ひ人に酔ふ 盛 山
松山
敬へは花にも威あり 神 慮 素 朴
神代を問はやはなの古木 立 如 山
咲花や蛙も歌をよミこゝろ 夏 竹
宮守の守わけなれや花さかり 千 之
しら雲のかかるやはなの並木立 ト 之
注連縄と遊ふや風の糸さくら 眠 松
木の間より宮居けたかし花の峯 花 柳
咲や花誰も芳野とはやし崎 寸 椿
宮立の左右や並木の花くもり 四 ト
御手洗の末も意味あり花の露 己 笠
マツヤマ
先くくる一の花表やはなの枝 東 牛
舞へ諷へ花の氏子のはやし崎 艸 也
幸や花の根継の二はしら 藍 里
勇ましや花に猶ふる神子か鈴 半 紅
とりあへす幣とよ花のはやし崎 好 寛
人は不知神代のままよ花の色 節 房
出 羽
鶴岡
家土産そ神もとかめし花の枝 左右巴
林崎や花に鳥居も其あたり 非 而
かしは手に鳥も鈴ふるや花の朝 白 之
曇りなき空を鏡や神の花 一 飛
色に香に華も両部のさくら哉 魯 子
花の香に仰ハ高し神の森 桂 次
面白や岩戸明たつ花の空 里 排
百鳥のしらへや華の神楽堂 千 峯
諷ふにそ青柳もあれと花の空 杜 考
散花によごこれて清し神の庭 十 雉
大山
御酒錫の蝶も舞なり花の中 仙 甫
神の代の花やつたへていセさくら 硯 士
八乙女や唇うこく花の笑ミ 左 由
酒田
咲花を誉てや鳥も月日星 斗 南
玉垣の外も和光やはなのもり 青 蘿
頼母しき誓ひや花のはやし崎 於 藍
同所連中
武を守る神に文あり花の森 芦 錐
千代も八重の花の備や林崎 東 門
花に遊ふ鳥も信あり神の庭 吟 風
神垣もへたてす花のさかり哉 機 石
柏掌にほころふ華の気色哉 柳 箕
雲かとそ梺につつくさくら哉 和 竹
散れは花の塵りに交るや神慮 斗 觴
下戸ならぬこそと神慮も花の時 喜 水
御鏡に年年若し花の顔 南 李
咲けハ其梢なからやはなしつめ 虎 砌
秋田
咲花に風の戸張や其岩戸 蟻 軒
最上之部
大沼山
一輪の匂ひに華のはやし哉 鸞 窓
両 所
夜神楽や花も火とほす神の庭 杜 苓
下 原
雲の脚運ふ歩ミや神の華 以 雄
目を閉て花を手水や神の前 露 光
蝶も花に七日詣や神の庭 潤 水
こま犬も遊ひここや華の雪 梅 國
上ノ山
花曇それそゆるして神の庭 飛 流
清浄の目も通ハすや神の華 文 播
山形
茶の酔に松風もなしはな曇 臥 猪
サカヘ
鼓をは禰宜に借らはやさくら狩 梨 乙
左沢
おふけなや塵に交はる山さくら 我 好
谷地
夜こもりの後明るし森の花 知 令
夜歩行の目当明るし森の花 壽 松
蝶鳥の羽織や花の宮参り 梅 仙
千金の初穂や禰宜ケ花の時 遷 喬
天神
花咲や面白ふ夜の明はなれ 蘭 郁
御手洗の波にも咲や花の影 雨 夕
野も山も一度に笑ふ花の空 友 里
華の戸も開けハ深し奥の院 友 鶴
水口
細道や直くなるそ神の山さくら 薄 霞
参詣の足をつなくや糸さくら 臥 兎
新庄
花のちまたわかつ初や神の道 扇 柳
小国
調拍子の音も染るや花の中 三 葉
金山
神垣に猶清めてや雨の華 史 峯
梺まて神楽太鼓やさくら狩 松 雨
咲花の笑顔や神のかかみ山 桃 水
冬篭る気も開けり初さくら 如 水
山山の笑ひうつすや家さくら 低 柳
花咲や名のなき山も雲の栄(ハエ) 有 止
柴賣の笠にこほるるさくらかな 知 十
余の花そ北斗に匂ふさくら哉 裡 升
鰐口の音にそちらす暮れの花 揚 水
里に咲日も嘘そなし山さくら 李 英
井出僧
其花の光りに出てや神こころ 可 令
尾花沢
松杉の中も明るし神の花 巨 船
神朴そ一段高し花の枝 二 扇
日をおしむ蝶やむらかる花の陰 百 中
咲や今都鄙に風雅の道の花 西 湖
華の香や何れ和光の塵の数 東 水
延沢
駒犬もちらさぬ神のさくらかな 一 笑
六沢
咲つつく花や鳥居の不老門 晧 圭
山口
曇る名を晴れて見せたる桜哉 吟 里
燈明にとほしくらへる桜哉 桃 士
貝シホ
其影の曇らぬはなや神こころ 可 紅
名取
花咲や道は直なる山つつき 亀 艸
カニ沢
神垣や手おられぬ華の咲所 ト 林
松杉に高き瑞籬や花の森 文 里
鰐口の音もいとふや花の宮 文 路
僧
神の威の仰げハ高し花の山 一 宗
ヌマ沢
見るほとの顔に下戸なし花の神酒 寒 枝
東根
千早振神のはやしやはな揃 和 水
神風や花の浪たつはやし崎 玉 水
天童
神垣や花に名高きはやし崎 山 秀
花の香にさそはれて参る宮居哉 琴 勝
楯岡
夕べ見し雲そあしたのはなの山 延 角
神の徳の開けて花のはやし哉 翠 枝
また明けぬ鐘にしらむや峯の花 棹 歌
歌に詩に作る程萌さくら哉 花 重
見に来てそ見らるるもあり花の山 鬼 衣
あらそはぬ風もたふとし神の花 如 柳
僧
咲花や戸張を幕の神こころ 柳 枝
仝
八乙女や上着ほすてふ花の山 素 高
林崎
鳥も歌に遊ふや花の咲日より 市 遊
御手洗にすすきあけるや花の影 如 松
神の徳によりてや花のはやし崎 玄 和
明しらむ神のさくらやはやし崎 壺 山
咲花に夜も明るし神の庭 遊 之
一位花も曇て神のもり 随 條
女
御鏡を姿見にしてさくらかな ま き
敬ふに威をます神のさくら哉 芳 仙
しらゆふに花も七日のさかり哉 一 中
御鏡や笑へハ笑ふ花の影 慮 中
神慮さそ 氏子を はなの 林崎 鶴岡 風 艸
奉 納 成 就 賀
首 尾 吟
願主 風 虎
諸花の揃ふて今そはやし崎
草薫しき手に葉言葉 壷 中
思ふほと遊へハ永い日のたけて 如 松
いりおくれたる居風呂の時宜 芳 仙
庭構へ表屋離れて四畳半 市 遊
鞠の名にたつ九損一徳 虎
雨もよひ降そこなふて夕月夜 中
露もつ萩のおもたそう也 松
近よせる節供の簾懸かへて 仙
尼に成ても 竃 将 軍 遊
起起の目を摺なから大工とも 虎
ちらりと雪の面白いほと 中
音に聞番場醒ケ井 柏原 松
武士に似せれハ咄しするにも 仙
玉垣の朱にさくらの白 幣 遊
笛の鈴のと鳥の囀り 筆
開 板 序
林崎大明神は、往昔石城嶽といへる。高山の岩倉より初て此の地に鎮座ましまし、民安全を守り給ふとなん。其折から一町四方の御林一夜に空たる霊地によりて、邑を林崎とはいへるとなり。されや其所に住る五十嵐風虎、明て一昨年元日の曙に初華の夢想を得たるより、近里遠国の俳士へ花の一章を奉加せしに各寄進の信施を積みて、大願既に満足し、今年延享第五戊辰年三月十七日二百三十余吟板三面に書写して、御宝前に掛奉りぬ。時なるかな千早振神の林に花咲けハ、鳥も幾千代々と百囀りの言の葉ことに神慮をすゝしめ奉れハ、和光の影あきらかに、なとか納受なからさらんや。しかるに、予も其数につらなりて、誠に花のちりなるも、此道の廣大ならんには、つたなき言葉をはふくへきにもあらす。猶はた遠近の好士へも其深情を謝すへけれハ、此度の法楽を幸、開板の施主を乞、則奉納花の林と標題して桜にちりはめ、其國其人其人へ送り、平話談笑の契りを結ひて、永く老後の楽を願ふものならし。
延享戊辰 季春日 得失亭 壷中 謹 白
角印 角印
其賀 首尾吟 楯岡
翠枝
時を今開くや花の香を運ひ
里も蛙の歌にやはらく 壷中
曲水の樽も半に浮かはせて 素高
底から腹はたたぬ顔なり 花重
来かかりて高士も手伝ふ荷拵へ 柳枝
暑いといへととこやらか秋 棹歌
ウ
音もせす松の葉越しに三日の月 如柳
ヌマ沢
ふ掃除覗く蔦の裏門 寒枝
名取
猫をとる有気に犬の捕らへられ 亀艸
貝シホ
身をまはす智恵も見たけ 可紅
山口
借り物に神も祭の腰を 持 吟里
簾かゝけて夏向の 家 桃士
其の二
当初
如松
桜木にちりはめて華のはやし哉
筆に野山を見る土筆 時 遍中
金屏に雛の産所行きすきて 風虎
のむを知ての盃か出る 遊之
はらはらと降て晴れハ松の月 市遊
今年の早稲の何所も十分 芳仙
京橘治板